自殺について

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自殺大国日本

2016年WHOのデータでは、人口10万人あたりの自殺者数1位はロシア、2位韓国、3位ラトビアと続き、日本は7位である。

しかし先進国(G7)の中では1位であり、2位フランス、3位アメリカと続く。

日本は先進国でもトップの自殺率だが、残念なのは若者の自殺が多く病気や事故を上回っている。

しかも15歳~34歳(WHOの資料)で比較すると、先進国で死因1位が自殺なのは日本だけ。

先進国では日本にだけみられる事態であり国際的にも深刻な状況。

現在はコロナも原因して中高生の自殺も増えている。

コロナが原因していることとして、家族との関係がかなりのきっかけになる。

家にいることが多くなった場合、1人なら孤独すぎて鬱になるかもしれないが、中高生なら1人暮らしというのは考えにくい。

コロナでなくても家庭環境によっては家族との関係が悪いこともある。

おそらく自殺した若者の家は元々家庭環境が悪い、あるいは毒親が多いのではないか。

もちろん家庭は円満だが学校や職場など、原因が外にある場合もある。

しかし私は思うのだ。

家の中が安心・安全なら自殺はしないだろうと。

学校が原因ならその学校を辞めさせて転校させるとか通信制にするとか、もうホームスクーリングにして高卒認定試験(旧大検)を受けるとか色々方法はある。

仕事なら学校より辞めるのなんて簡単だ。

それなのに自殺を選ぶ若者達。

その大元の原因は家庭の中にあると私は断言する。

毒親と自殺の関係

毒親とは毒になる親のことである。

毒親を調べると「子供に悪影響を及ぼす親」、「子供が厄介だと感じるような親」を指すとある。

私が解釈している毒親とは「子供を傷つけて束縛する親」、「子供に無関心な親」であろうか。

言い方が違うだけで意味はほとんど同じだろう。

「子供を傷つけて束縛する親」と「子供に無関心な親」は対照的だが、どちらも愛情が薄い、あるいは無いのは同じ。

このような親が父親か母親のどちらか、または両方の場合子供の逃げ道は少ない。

家庭が原因で自殺なら、それは復讐の自殺の可能性が高い。

「お前らが原因で死ぬんだよ!」と見せつけて死ぬのだ。

外が原因の自殺でも家に毒親がいたなら、これも復讐の自殺の可能性がある。

「外のやつらも家のお前らもうんざりだぜ!この死をくらえ!」というような感じだろうか。

すべての自殺事例に当てはまらいとは思うが、かなり当たっているのではないかと。

相手を殺せないので自分を殺すのだ。

なぜ私がこのようなことを言っているのか、それは同じように自殺を考えたことがあるからだ。

私の場合もっと陰険で「この死をくらえ!」という表現より「私の死をもってお前の魂に呪いをかける」といった方がしっくりくる。

こんなことを言うと「何この人?こわ~い」と思われそうだが、そもそも自殺を考えている人間の思考は怖いものである。

安心したまえ、私はまだ生きているので誰の魂にも呪いをかけていない。

成長しても自殺を考える

毒親がいる場合子供の逃げ道は少ないが、ここだけだとその子供は若いイメージがある。

子供というのは幼い子供とか若い子供、世間一般でいう子供だけではない。

当たり前のことだが、親にとって子は何歳になっても子供である。

大人になっても親が生きていたら影響を受ける。

近くにいようが遠くへいようが影響を受ける。

毒親ならなおさら影響を受ける。

「そんなに毒親が嫌で死にたくなるくらいなら離れればいい」と有名スピリチュアルカウンセラーが何かで言っていたのを思い出す。

その通りであるが、私から言わせればそのスピリチュアルカウンセラーはわかっていない。

そんなこと当の本人はすでに知っている。

でもできない理由があるのだ。

あるブログに書いてあったのだが、毒親から逃れるには毒親が死ぬのを待つしかないと。

こっちの方が正解だ。

寿命を待つしかない。

私は小学生の時から自殺の仕方をアレコレ考えていた。

本気で自殺するつもりは全然ないのだが、どうやったら見つからずに楽に死ねるだろうと。

まるで完全犯罪を考えているかのように想像していた。

現在の私は中年だが、今でも自殺の仕方をアレコレ調べる時がある。

気持ち悪い子供が気持ち悪い大人になったわけではない。

これは自殺するために調べているのではなく、逆だ。

自殺しないために調べているのである。

こう考えるとこれは自殺しようとしている人には、自殺をやめる方法の1つと言ってもいいかもしれない。

自殺するのは若者ばかりではない

自殺の男女比は男性の方が多いが、コロナの影響もあって女性も増えている。

年代別では40代が最も多く、50代60代は減少している。

自殺の動機としては「健康問題」、「経済・生活問題」、「家庭問題」の順。

若者や女性の自殺が増えたのは「経済・生活問題」がみられる。

コロナの影響で職を失ったりしていることも大きな要因になっている。

社会的にも経済的にも孤立し苦境に追い込まれる。

そして追い詰められて自殺するのだ。

私は中年になって何かで失敗すると若い頃より立ち直るのが遅くなった。

どんどん手段が限られてくるように感じる。

若い頃は歳が若いというだけでチャンスがあるのだが、中年はそうはいかない。

ましてやコロナ、世界中パンデミック。

若くても死にたくなるのだから、中年はもっと死にたくなるのはよくわかる。

色々調べてみると、高齢者を除いた死ぬ理由や感情は、若者も中年も男も女も似ている。

苦境から脱することができない自分を責め、エネルギーは減り、もうどうでもよくなり、死にたいと思う。

「死ぬ勇気があるのなら生きれる」という意見もあり、私もこの意見にずっと同意していた。

しかし実際自分が本気で死にたくなった経験から、この意見に同意するのはやめた。

死ぬ方が楽に思えたからだ。

なぜなら生きるのはいつまで生きるのかわからないし、もしかすると長いかもしれない。

幸せはこの先無いかもしれない。

この虚無感が長く続くのが辛いのだ。

著名人の自殺

特にファンではないが、いい感じの俳優として私の中で位置付けられていた著名人が相次いで自殺した。

男性は30歳、女性は40歳で自らこの世を去った。

男性はイケメン俳優で女性は美人女優だった。

私からしたら顔とスタイルも良く、お金もあって何不自由なく見える人達である。

男性は毒親がかなりの原因になっているようだが、女性は家庭もあり仕事もあったのに原因がいまいちわからない。

真実はわからないが鬱だったような話も出てこない。

こんな素晴らしいスペックでも自殺するのかと心底驚いた。

私達が知らない死ぬぐらいの原因がある。

この死を知った時、私はとてもむなしくなったのを覚えている。

俳優として周りを喜ばせたり元気にさせていた価値ある人達。

それに比べていてもいなくてもいいような無価値な自分。

価値ある人が死んでいなくなり、無価値な自分が存在している現実にむなしさを感じた。

私と同じように思った人はいるはずだと推測している。

著名人が死ぬと後追い自殺する人が少なからず出てくる。

著名人より無価値な自分と思いむなしくなって実行した人もいるだろうし、もともと死のうと思っていて勇気をもらい実行したという人もいるだろう。

勇気をここで使うのかと思ってしまうが、気持ちはわかる。

私は自ら死を選択することに賛成はしないが尊重はしている。

一度でも本気で自殺を考えた人は、自殺する人の気持ちがわかる。

だから尊重する。

安楽死による自殺

自殺するのなら安楽死が1番である。

苦しまないで眠るように死ねて確実。

スイス・ベルギー・オランダなどで安楽死は認められているが、日本では認められていない。

スイスには国外の居住者を受け入れる団体があり、多くの人が安楽死を求めて国境を越えて来る。

その中に日本人もいる。

安楽死を希望する理由は様々だが、身体的苦痛がある病気や生死に関わる問題ではないが体が動かなくなり生活の質が著しく低いなどがあげられる。

体が動かない場合自分で自殺もできないため、自殺するのにも誰かに手伝ってもらわねばならない。

そうなるとどんな理由であれ日本では手伝った人が自殺ほう助の罪に問われる。

そんな迷惑をかけるわけにはいかないため、スイスで安楽死を希望するのだ。

しかしこれも日本の法規制があり簡単にはいかない。

スイスで安楽死するにも医師の診断書が必要なので、自分のかかりつけの病院にお願いすることになるのだが、自殺ほう助にあたるとして拒否される。

結局ネットなどで診断書を書いてくれる現役の医師を探さないといけないのが現実なのだ。

これは体が動かなくて生活の質が著しく低いため、スイスで安楽死の権利を得ることができた日本人の事例である。

この事例で考えると、体に障害があるわけではないが心が辛いという理由では、安楽死を希望することは難しいだろう。

しかし安楽死の権利は、ある意味生きていく上でお守りになる。

自殺する人

なぜ死にたくなるのか?

なぜ自殺しようと思うのか?

仕事・お金・毒親・人間関係など自殺する理由も人それぞれだが、それを解決できれば死を選ばない。

でも解決できない。

鬱でもう考えられない。

そして死ぬ。

悩みもなく幸せなら自殺しない。

本当は死にたくないのである。

自殺する理由が解決できて、この先幸せなのがわかっていたら誰も自殺などしないだろう。

色々考えているといずれ鬱になる可能性が高い。

鬱一歩手前には確実になっている。

鬱になると正常な思考ができなくなる。

しばらくは何もしないが頭は常に死ぬことを考えている。

最終的に「ああもうダメだ死ぬしかない」、「なんか疲れたもう死にたい」という思考になる。

突発的に自殺する人もいるが、鬱がひどい時は自殺すらできないことがある。

この場合、周りから見れば元気になったように見えた時に自殺することが多い。

鬱一歩手前の場合、鬱の人よりまだ正常な思考が自殺しないようにしており、でも死にたいと思っている状態である。

まだ思考が正常なので、自殺するにもできるだけ周りに迷惑をかけないようになど、身辺整理を考えているはずですぐには死なない。

とはいえ、注意が必要だ。

死にたいと思いながらも鬱一歩手前の人というのは、実行できる力が鬱の人より残っているため、何かのきっかけで突発的に自殺しやすいと私は考えている。

まだ鬱ではないため周りにもそう思われていないことが問題である。

自殺しないようにするには

まず死にたいと思っている鬱の人は、病院で治療するか、ひたすら寝て回復するのを待つかになる。

ひたすら寝るというのは、1人暮らしならお金の不安がないようにする必要があり、家族や同居人がいるのならその人の協力が必要である。

「ずっと寝ていても大丈夫」という安心感がないと回復しないからだ。

問題は死にたいと思っている鬱一歩手前の人で、まだ動ける状態の人である。

周りからも気にかけられていないため、心から休むことができない。

その間に元気になるか、鬱になるか、自殺するかだ。

鬱一歩手前でも元気になる人はたくさんいるので、死にたいと思いながらも必ずしも自殺するわけではない。

しかし自殺する人もいる。

このような人向けに自殺しないようにする方法の1つとして覚えておくといいのが、自殺の方法を調べておくというもの。

そして自分が死ぬ方法を決めておくというものだ。

これは自殺を推奨しているのではなく、自殺しないために教えている。

調べていくと、できるだけ苦しまないように、できるだけ手軽で確実に、できるだけ周りに迷惑かけないような方法を自分で選ぶことになるだろう。

最後に死ぬ方法を決めたらこう思うようにしよう。

「いつでも死ねる」と。

安楽死の権利を得た人も同じことを思っているはず。

この思考がお守りになり結果的に生きていける。

何も今死ぬ必要はない。

いつでも死ねるのだから。

やりたいことをやってからでも死ぬのは遅くない。